ある日はハチミツ、ある日は玉ねぎ

オランダ人女性とシンガポールで国際結婚した会社員が妻にこっそり日本語で綴るブログ

コロナにより世界中の船上で何が起きているのか

先日、国連のグテーレス総長が船員交代問題について懸念を生じた*1件が、NHKのニュースに取り上げられていました。

www3.nhk.or.jp

コロナによるサプライチェーンへの影響は甚大なものとなっており、貿易の中枢を担う船の乗組員達は非常に苦しい状況に陥っています。報道の通り、世界中で船員の乗下船ができておりません。海運業界では今、喫緊の課題として早急な解決が求められていますが、各国政府の指針もあり中々事態は好転していません。私もそちらの業界に携わっていますので、いったい今何が起きているのか、簡単にご説明したいと思います。

 

船員とは

船員は船の運行/安全管理/メンテナンスを担う船上のスペシャリスト達です。彼らがいなければ世界の貿易は成り立ちません。船員は免許を持つ船長、航海士や機関士等の幹部と、免許を持たない甲板員等の部員に分かれます。部員の中にはコックや医療従事者も含まれます。船のサイズにもよりますが、大型のタンカーやコンテナ船だと30名弱の船員が乗船しています。幹部は多くても7-8名程、残りの大多数は部員です。船の上は厳格な縦社会で、食堂(メスルーム)も幹部用、部員様で分かれています。命の危険を伴う業務の為、規律と管理体制が求められるからです。勿論、オフの時は幹部、部員関係無く和気藹々としています。船員の1日については以下がわかりやすく説明しています。 

careergarden.jp

 

船員はインド人、クロアチア人、フィリピン人が大半を占めています。理由は英語が使える点と、人件費の安さです。ちょっと船のコストについて触れますと、これも船型、サイズによりますが、外行船の場合、保有するだけで1日あたり約US$10000 - US$30000くらい掛かります。内、船や備品の減価償却費、クルーの人件費、燃料代が大きな割合を占めており、赤字を回避する為に各海運会社が躍起になってこれらのコスト削減に色々と励んでいる訳です。最近はフィリピンも経済成長で給与水準が上がっており、ミャンマー等の新興国の船員を確保する傾向があります。
日本の船会社の場合は、日本人船員もよく乗船しています。日本船籍の維持の為、日本人船員文化の継承の為、等様々な理由がありますが、オフィス勤務時(陸上勤務と言います)に、船上での知見を生かして業務改善を担当してもらいたいという意向が一番でしょう。

長期航海の場合、船の上で6-8ヶ月間を過ごします。洋上にいる場合は1週間に1日休暇がありますが、それ以外は基本的に毎日仕事です。緊急事態が起これば就寝中でも飛び起きて業務に出ねばなりません。船上は船員にとって、生活の場でもあり職場でもあります。業務期間が終了したら、晴れて下船し家族と再会。3-4ヶ月ほどの休暇を一気にもらうことができるのです。

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最初は美しい景色に感動しますが、すぐに慣れます

 

コロナウィルスの世界的蔓延と各国の政策

本題です。報道の通り、コロナウィルスの登場とそれに係る各国の政策により、各船会社は船員交代ができなくなっています。具体的に何が原因なのか、少し詳しく説明したいと思います。

 

(1)旅客便の停止と出入国封鎖

船員の交代はどこで行うのか。基本的に船が貨物の積み下ろしの為に寄港した港で行います。船は航空機と異なり、世界中の港を行来できます。コンテナ船や大型原油タンカーのようなスケジュールが定められた船(定期船)もありますが、殆どが不定期船とよばれる、貨物があれば何処へでも飛んでいくサービスです。貨物が見つかり、ルートが判明してから初めて船員交代の場所が定まります。

国/港が決まり次第、船会社が乗下船する船員の航空チケットを手配して、あとは船員が各々で入出国するのが常ですが、コロナウィルスの影響により航空便が停止、また仮にフライトがあっても殆どの国で入出国ができなくなりました。

船員交代の為に、船員の居住国からフライトがあり、且つ出入国可能な国を探し、その国の港まで船を走らせる会社もあります。しかし、定期船はスケジュールを遵守する必要がある為、この方法はできません。不定期船でも、前述の通り船というのは1日数万ドルの費用が発生します。会社としては到底、地球の裏側からタダで船を走らせる訳にはいきません。これがコロナによる船員交代の困難の1つです。

 

(2)フィリピン国内のロックダウン

一大船員供給国であるフィリピンの封鎖は、(1)の出入国封鎖に加えてもう一つの問題を生じさせました。船員のトレーニング業務停止です。
3-4ヶ月の休暇を終えた船員は、再び船の上に戻ります。休暇モードの頭を起こし勘を取り戻す為、新たな船種に乗る為、船員は乗船の前に訓練を受けます。その為のトレーニングセンターが存在しますが、その多くがフィリピンにあります。入出国制限によるトレーニングセンターへの船員派遣不可に加え、フィリピンのロックダウンによりトレーニングセンターの業務そのものも停止を余儀なくされました。結果、新たに乗船する船員も用意できなくなっています。

 

船員の過労と国際運輸連盟の呼びかけ

上記要因により、世界中の船員が契約期間を超えて乗船せざるを得ない状況に陥っています。

船の上というのは寂しいもので、唯一の楽しみは食事、他は休暇中にHDDに貯めた映画鑑賞や読書、デッキ上での運動しかありません。インターネット回線も遅く、SMSのチャットがやっと送れる程度です。ましてや部屋から出て5分で職場の環境である為、どうしても疲労やストレスが溜まっていきます。閉鎖された環境でこのような状況が長引くと、自殺や暴行事件が発生する恐れが高まります。現にコロナでなくても、船員が乗船中に自殺する事件は起きているのです。

然し乍ら、封鎖・出入国措置が各国の政策に委ねられている以上、封鎖が解除されるまで船会社はなす術がありません。IMO(国際海事連盟)や日本を含む各国の協会は、早い段階から船員達を「エッセンシャルウォーカー」として、各国に対し入出国の例外とすることを求めていますが、事態は一行に動きません。一方で国際運輸連盟(ITF)は、船員を保護する為に、契約期間を超えての就労の拒否を提唱しています*2。船員の肉体・精神的疲労はピークに達し、重大な健康被害発生の懸念、加えて国際貿易に大きな支障が出る恐れが非常に高まっているのです。ストライキが起これば、世界中の輸出入がストップします。

 

今回、国連が各国に対し船員交代の考察を促したのは、上記の様にこの問題が解決すべき最優先課題で、世界中の協力が必要というメッセージの現れであると感じます。世界中で何十万人という船員が取り残されており、その家族が待っています。また船が止まれば、電気・ガスが止まります。車や家電といった日本製品の輸出も止まります。服、家具、野菜、魚、肉、お酒、アイス、あらゆるものが日本から姿を消します。
これ以上自体が悪化する前に、早急な対策が求められているのです。

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夜の香港入港