ある日はハチミツ、ある日は玉ねぎ

オランダ人女性とシンガポールで国際結婚した会社員が妻にこっそり日本語で綴るブログ

スエズ運河座礁事故と今後の影響

ご無沙汰しております。

火曜日にオフィスでスエズ運河座礁事故のニュースを聞き、当初は私も上司も大したことないとたかをくくっていたのですが、 どうやら事態が長期化しそう。との予測です。
私も以前はコンテナ業界に携わっており、さらに現在の業界はモロにスエズ運河遮断の影響を受けているので、人ごとではありません。。

せっかくなので簡単に今回の事件を整理したいと思います。

www.yomiuri.co.jp

 

 

関係者整理

日本海事新聞によると、今回座礁した本船Ever Givenの運行者はEver Green(台湾)、船主は正栄汽船(日本)、船舶管理会社はBS management(ドイツ)とのことです。
本船の契約について、当初は裸傭船との報道がありましたが、後の報道で定期傭船契約だということが判明しました。海運ならではの非常に複雑な契約形態があり、この辺が「一体誰が責任を負うのか」という点に大きく関わってくるので一旦整理します。*1

 

まず船のオーナーは正栄汽船になります。正栄汽船はオーナー(船主)として、船の定期的なメンテナンス、税金の支払い等をする義務があります。
但しこれだけでは船は動きません、船長、航海士、機関士、その他多くの船員を配置する必要があります。船員を雇用し、管理しているのはBS managementです。
最後に、実際に営業で貨物を見つけ、船で運ぶ事によって利益を得ているのはEver Greenになります。

 

もう少し分かり易い例にします。A旅行代理店に勤務している私は、今回社内で国内のバスツアー企画が立ち上がり、運転手付きの送迎バスを手配しなければなりません。私はBレンタカーに連絡を入れます。
話を聞いたBレンタカーは送迎バスサービスを快諾。但しBレンタカーは自社でバスを持っていますが肝心のバス運転手が居ません。そこでBレンタカーは、C派遣会社に連絡して運転手を手配します。
運転手を確保したBレンタカーは、運転手代を含めた1日辺りのレンタカー料金を設定し、A旅行代理店と3日間の契約を結びます。

以上のケースを座礁事故に準えると、

・A旅行代理店 → Ever Green(運行者)

・Bレンタカー → 正栄汽船(船主)

・C派遣会社 → BS Management(管理会社)

となります。

 

責任の所在

さて、今回の事故の”責任”は誰にあるのかという点ですが、責任、つまり損害は各会社、実際に貨物輸送を委託している荷主、さらにはエジプト政府も含め複雑に絡んでいるので単純化することは不可能です。

 

まず船が座礁した場合、離岸に係る費用は船主責任となりますので正栄汽船が支払うこととなります。
遅延等により船上にある貨物にダメージが生じた場合、荷主が船主に対してカーゴクレームを行い賠償請求ができますが、今回の座礁事故の原因は「予測不可能な強風」との報道が出ています。仮に今回のケースが天災とみなされる場合、正栄汽船は免責となる可能性が高いです
一部報道では、座礁の影響で待機を余儀なくされた他の船が賠償請求をするという話が出ていますが、上記の通り天災となる場合は、正栄汽船は責任を取る必要がありません。
また、船主、荷主は一般的に保険に加入していますので、免責以外のコストに関しては保険で処理されることが殆どだと思います。

気になるのはエジプト政府の動向です。スエズ運河通行料が外貨取得の源となっているエジプト政府が莫大な損害賠償請求を行うという噂もあります。日本海時新聞によると、スエズ運河の通行時の自己責任は船長が負うとのことなので、BS management、及び正栄汽船が損害賠償請求を受ける可能性はあります。

 

今後の海運・世界の物流動向

本題に入ります。今回の事故が我々の生活にどのような影響を及ぼすか。
BBCの記事では離岸作業は難航しており、少なくとも潮位が上昇する来週まで離岸は難しいとの予測です。*2

もし来週に離岸が完了した場合、我々の生活に影響は殆どないでしょう。10日ほどの遅れは海運業界では珍しくもなんともありません。スエズ運河通過後のロッテルダムシンガポールでは一時的な貨物ラッシュに見舞われ荷役が停滞・混乱する可能性はありますが、一過性のものになります。


もし来週の満潮時にも離岸ができなかった場合、船からコンテナを下ろし離岸できるまで船体を軽くする必要があります。この場合、ガントリークレーンも付近に街もない状況のため、作業は数ヶ月は要します。*3

 

するとどうなるか、初めに原油価格が上昇します。殆どの原油/石油製品はスエズ以南の中東から輸出されているため、アジアの石油供給への影響は軽微ですが、現在の原油価格は実需要よりも投機的な意味合いが強く、供給面の不安から原油価格の上昇を後押しする可能性が高いです。既にNYCの原油市況はスエズ座礁の一報を受け価格が上昇しているようです*4

 次に多くの船がスエズ運河通行を断念し、南アメリカ喜望峰周りでヨーロッパ/アジア間を動くことになります。結果、海運市況全体で運賃が急騰し、原料や資源価格の上昇が我々の生活にも影響する可能性が高いです。報道によると一部の船は希望峰ルートに変更を始めており、離岸作業の状況によっては他船社も追従することとなります。*5

East Port Maritimeによると石油化学製品を運ぶタンカー市況の指標の一つであるBaltic Clean Tanker Indexは一夜で2.74%上昇しています。年初からコモディティマーケットは、ポストコロナを見据えた市況高騰が始まっており、今後更に価格が上昇する可能性は非常に高いです。

 

f:id:Zaituun1946:20210326145234p:plain

 

まとめ

・損害賠償は保険適用or免責。エジプト政府の動向は注視。

・現時点で物流への影響は軽微

・来週離岸できない場合、海運市況の急騰が予想。

・長期化する場合、資源・材料価格が上昇。

 

海運の混乱による実生活の影響の例ですが、最近では、2014年の米国港湾ストライキの影響で、マクドナルド・ケンタッキーがポテトの販売を休止した例があります。
今回のスエズ事故も早期の解決が難しい場合は、このように実生活への被害が拡大する可能性は高いです。

www.nikkei.com